2018-07-01から1ヶ月間の記事一覧

「表出」の概念

1.心理的概念を用いた通常の文章(例:「私は悲しみを感じている」)は、感覚に類する内的体験を、外的な事象を記述するのと同じ仕方で、記述する、という通念。この通念は2つの類比によって支えられている。一つは、先に取り上げた、「感覚」への類比、もう…

私的言語論を平明に読むために5

1.前回、「環境Umgebung」「状況Umstand」という語に着目した。言語ゲームを呈示することは、その「環境」をも呈示することである、と言ってよい。 一つの言語ゲームを想像することは、一つの生活様式を想像すること(PI19) いままで、「感覚日記」の妥当な…

私的言語論を平明に読むために4

1.「感覚日記」と、その拡張の問題に戻る。 「E」は、より広いコンテクストにおかれて初めて、「名」であり、「感覚」を意味していると、十分に主張し得る。コンテクスト、それをウィトゲンシュタインがしばしば使用する言葉を用いて、環境Umgebung(PI250他…

私的言語論を平明に読むために3

1.258節においてすでに、「E」がある感覚の記号であることの正当化らしきものが登場していた。それが「自分自身に対するある種の直示的定義」と呼ばれていたものである。 この行為によって、「E」が「これ」(その感覚)の記号であることが、「主体自身」に…

私的言語論を平明に読むために2

1.前回触れたように、これまで「私的言語論」に関する議論の中心となってきたのは『探究Ⅰ』258節の「感覚日記」であった。 次のような場合を想像してみよう。私は、ある一定の感覚が繰り返し起こることについて日記をつけたいと思う。この目的のために、私は…

私的言語論を平明に読むために 1

1. 『探究Ⅰ』の「私的言語論」は、長い間、後期ウィトゲンシュタインに関する議論の焦点であるかのように扱われてきた。しかし現在、『探究Ⅰ』の中におけるその位置づけ、重要性については、人に拠って見解が分かれ、意見の一致を得ることは難しいかもしれな…

治療の手法

1.たとえば、「理解」が、自分にとっては「内的体験」であり、「感覚」「感じ」のようなものだと主張する人に対して、「理解」と「感覚」「感じ」との違いを示すことは、ウィトゲンシュタインの言う「哲学的治療」に役立つ。 cf.RPPⅠ302,PPF36 だが、前回見…

感覚概念の拡張

1.われわれは「感覚」という概念を、類比によってさまざまに拡張して使っている。「感覚への類比」に対する批判にもかかわらず、ウィトゲンシュタインは、単純にそれを禁じようとしているわけではない。 表情の「臆病さ」を「感じる」ことについての例。ウィ…

感覚と内省

1.「感覚」「感じ」と「内省Introspektion」という概念の結びつきについて。「人が何らかの心理的経験をする際には、その人の心の内に、ある感覚ないし感じが、ある期間、現前・持続する。人は内省によって、その内容を知る。」という像が我々を縛っている…

感覚と状態

1.「感覚」Empfindung,Gefühlが関連づけられ、類比される、さまざまな概念について、簡単に見ておきたい。 「内的体験innerer Erlebnis」「内的出来事innerer Vorgang」「心的出来事seelischer Vorgang 」について。 まず、「(内的)体験」という概念への類…

奇妙な問い

1.類比によって、異なった使用をもつ言語ゲーム同士が混同されるとき、たとえば、不適切(的外れ、irrelevant)な問いが生じる。 次の例を見よう。 「私はビショップを動かす。」―「どれだけの間、君はうごかすのか?」(LPPⅠ3) ここにあるのは(象徴的行為…

感覚への類比

1.「我々を引きずってゆく抵抗しがたい類比によって、我々は困惑のなかに引き込まれるのだと言えよう。(BBB p108)」ウィトゲンシュタインは哲学的困難の源泉について、そう語っていた。これまで見てきた、心理概念の中の差異の指摘も、「抵抗しがたい類比」…

分類と展望

1.ウィトゲンシュタインが心理的概念のなかに見出した差異、中でも重要なものは、一つは志向性に関連する対立であり、もう一つは時間様態をめぐる差異であった。そして両者は連関していた。 RPPⅡ45において、通常の感覚は<意識状態Bewußtseinszustand>とさ…

心理的概念のアスペクト

1.体験と体験ならざるものの対立に関連する、もう一つ別の差異が、ウィトゲンシュタインによって繰り返し取り上げられている。それは、RPPⅠ836で<経験Erfahrung>を特徴付けるものとされていた<持続Dauer>という時間的様態にかかわる差異である。 心理的…

体験と持続、不適切な問い

1.心理的概念の風景を眺めるに当たって、まず何に注目したらいいのだろうか? 意外にも思えるが、心理的概念全般の分類に関して、体系的な整理を意図した断章を、ウィトゲンシュタインはいくつか残している。(RPPⅠ836、RPPⅡ63、148)。それらのなかで比較的…

狙いと関心

1. 概念の傾斜を理解し、表現することは難しい。(LPPⅠ752) 前回、ウィトゲンシュタインの取り組んだ課題が、<概念の地形学>という比喩で表現されることを見てきた。「一つの概念を他の概念に移行させる傾斜を、はっきりと見てとる」(RFM Ⅴ 52)とは、言…

心理的概念の地形学

1.言語ゲームの多様性の観点から、心理的概念の領域を眺めるならば、次のように言うことができよう。往々にして、一つの言葉にいくつもの使用が存在し、なおかつそれらの使用が互いに大きく異なっている、と。 たとえば、<考える>について。 <考える>、…

記述に留まる

1.以前、「語られることと示されること」という『論考』の主題のその後について触れたが、他方で、「語りえぬものについては沈黙しなければならない」(TLP 7)という有名なテーゼに込められたものは、後期の思想において、「説明の断念」という姿勢へと継承…

役割の決定不能性

1.とくに原初的な言語ゲームにおいては、ある言表の「役割」を、より発展した言語ゲームの中でのようには、明確に確定しがたい場合がある(原初的な言語ゲームにおける決定不能性。PI 19以下の断章は、そのことを提示する典型的な議論である。)このことは、…

役割の転換

1.諸言語ゲーム間の差異と類似というテーマに、一つの「像」のさまざまな使用というテーマを重ね合わせることができる。一般に、言語ゲームにおける個々の言表は、平叙文、疑問文、命令等に分類されるが、また、それぞれの特定の「役割(はたらき)」Dienst …

移行と中間項

1.ウィトゲンシュタインにとって、差異の強調、2つの極の対比を際立たせることと同じく重要であったのは、それら対比された項の間の移行的例、中間項を発見する、という方法である。 それらすべてに何か共通なものがあるかどうか、見よ。-なぜなら、それら…

比較の体験

1.定義の表現のように、同一性や類似を提示する言語表現がある。例えば、「・・・は・・・に似ている」など。そして、前々回見たように、そのような言語表現の使用の仕方という問題を、ウィトゲンシュタインは提起していた。 さらには類似を知覚する体験につ…

異なる技術をつなぐ

1.同一性との関連で、定義について考える。 定義は、「・・・=。。。」、「。。。は・・・である」等の表現によってあらわされる。これは、同一性の表現と見ることができる。 数学と論理学は、二つの異なった技術である。定義とは、単なる略記ではない。そ…

同一性と規則

1.同一Gleichheit、一致Übereinstimmung、同一性Identitat等の概念について。 これらと「規則に従う」こととの結びつきが注目される。たとえば、「その規則に従って数列を続けよ」は、多くの状況下で、「それと同じ仕方で数列を続けよ」といった言葉で言い換…

類比という方法

1. 他方、「類比」は、ウィトゲンシュタインの言語批判において、主要な手法の一つである。例えば、一見遠く離れている言語活動の中に、共通した相を浮かび上がらせること、つまり類似性を浮き彫りにしてみせることは、ウィトゲンシュタインの用いる、重要で…

類比の運動

1. 「差異」と対をなすものは「同一」あるいは「類似」であろう。ウィトゲンシュタインのテクストに登場する、それらに関連の深い言葉(概念)について整理しておこう。 まず、ひとは、2つのものを類比させることによって、類似を認識する。それゆえ、2つの…

違いを教える

1.ウィトゲンシュタインの弟子で親しい友人でもあったDruryは、ウィトゲンシュタインの個人的な会話での発言を、次のように伝えている。 私には、ヘーゲルは、違って見える物事が本当は同じものなのだと、いつも言いたがっているように見える。それに対して…

『哲学探究』第Ⅱ部

1.数学論に変わって、ウィトゲンシュタインの考察の中心(「メインストリート」)となったのが、「心理学の哲学」、すなわち、心理的概念に関する考察である。それについて、ウィトゲンシュタインの存命中に、最後にまとめられたタイプ原稿が、『探究Ⅱ』であ…