持続と状態

アスペクト知覚は、なぜウィトゲンシュタインにとって問題となるのか(続き)

1. 2021-10-25の補足として、アスペクト知覚の問題を再び取り上げる。先の記事は、見られる事象の「無時間性」という問題について、未だ掘り下げが不足している。特に、「閃き」と「恒常性」という視覚的アスペクトの様態(PPF118)との関連において。 「見る…

体験による出来事化

1. 定延利之『煩悩の文法』は、「知識の表現と体験の表現との差異」という、ウィトゲンシュタイン『探究Ⅱ』xi節に通じるテーマを中心に、さまざまな興味深い言語現象を論じている。 (ウィトゲンシュタインの場合は「知っていることと 感覚していること との…

「説明」の周辺(35):まとめに向けてのメモ

1. ウィトゲンシュタインの「数学の基礎」に関する考察を読解してゆく内に、 目的=終点endを持ち、遂行に時間を要する行為を表す動詞(Vendlerの分類でのaccomplishment verb)の、imperfectiveな使用の問題 に関心を見出して、ここまで来ている。 ただし、…

「説明」の周辺(31):いつ「合う」と言うのか?(前)

1. 「ぴったり合うpassen」については、もう一つ指摘しておきたいことがある。 ウィトゲンシュタインは、さりげない口調で、気になることを述べている。 「合うpassen」、「できる」、「理解する」の文法。問題:1)シリンダーZが中空の筒Hにぴったり合う、と…

「説明」の周辺(22):「一瞥」と「熟知」

1. 前回の、関数の比喩を用いた考察で、表情を認知することを、ある表情をある関数の値として見ること、に喩えた。そこでは、表情からある関数が推測される、という風には描出しなかった。それはもちろん、表情が一瞥で見て取られることを表現するためである…

持続と認識

1. 前回見た、「半過去の機能=属性付与」説、その論述には説得力がある。 しかし、それをこちらが「半過去の機能は、動詞の状態化である」と要約してしまえば、議論の常識的な出発点に戻っただけ、と言われるかもしれない。 というのも、imperfective aspec…

属性付与と状態化

1. ヴァインリヒの「半過去=背景描出」説について見てきたが、次に、同様に包括的な、半過去の機能に関する別の説についてみてみよう。 春木仁孝は、半過去の意味効果は、 「恐らく総ての用法において共通して半過去が持つと考えられる属性付与という機能か…

叙想的テンスと状態性

1. ここまで、元々は行為動詞のimperfective aspectでの使用を解明することがテーマであり、そのために進行相の使用される有様を観察してきた。あれこれとトピックをたどってゆくうちに、一方で「叙想的テンス」(「ムードのタ」)、他方で「叙想的アスペク…

行為と状態(7):inside viewという比喩

1. 進行相 progressive aspect による表現と「事象を観察しているかのように表現する」という特徴との関係 が現在のテーマである。 前回、フランス語学では、半過去の本質を考察するに当たって、「観察しているかのように表現する」という特徴(あるいはそれ…

行為と状態(6):観察しているかのように

1. 前回、英語の進行形の表現を 感覚を通じた観察体験の報告に類比する、というアイデアに注目した。(Jacobus van der Laanのように、この線に沿って進行形の考察を進めた論者も存在した。) しかし、進行形を使った記述は、必ずしも、事象が現実に観察され…

行為と状態(5):限定性と非有界性、感覚体験への類比

1. 進行形が表す意味を特徴付けるものとして、英語学でよく挙げられるのは次の3つである。 現在進行形の意味ははこれらに例示されている:それは、一時的な状況situation、現在という時点を期間のうちに含み、過去および未来の方向に、限られた範囲で延長し…

行為と状態(4):進行相と基準時

1. 前回後半のまとめから入る。 状態の記述と、行為の進行相での記述との差異。 限定された期間を表す副詞句(たとえば 'for two hours' のような)との共起可能性について。英語の場合、状態の記述については、He was out of work at the time.He was out of …

行為と状態(3):進行相と傾性、期間の表現

(前回から続く) B.状態の記述との相違を示す事実 ①一般に状態の記述は一様homogeneousな様態が持続ずることを表すが、動詞の進行相は必ずしも一様な様態の持続を表さない。 次の例を考えてみる。 「彼は一人でログハウスを建てている。」 あるときは、丸…

行為と状態(2):行為と時点、有界性と非有界性

1. ここまで、 ウィトゲンシュタインの数学論、規則遵守論から、 動詞をimperfective aspectで使用することに絡む問題(imperfective paradox等)に目を移し、 さらにimperfective aspectとのつながりで、 「状態」、「持続」という概念 の問題へと展開してき…

表出される傾性

(前回より続く) 1. ④「理解」「信念」「できること」「意味している」等が、「状態」ではあっても、感覚、感じ、等の「状態」とはカテゴリーを異にする、と主張される時、 「理解」「信念」「できること」等は傾性であり、感覚、感じはそうではない、と単…

閃きと停留

1. (前回から続く) ②結局のところ、ウィトゲンシュタインの議論が前提とし根拠としているもの、 それは 「理解や能力の保持を表明し、他者がそれにやりとりする言語ゲーム」と 「内的状態、感じ、あるいは感覚を表明し、他者がそれにやりとりする言語ゲー…

「状態」というモデル

1. 前回の補足から。 『茶色本』で、「できる」が用いられる様々な言語ゲームを記述・考察した後、ウィトゲンシュタインは 次のようにまとめている。 「できるcan」「する能力があるto be able to」といった可能性の表現が用いられている個々のケースが、家…

「できる」という状態

1. ウィトゲンシュタインは、『探究Ⅰ』150で、「知る」「できる」「理解する」といった語の文法の類似性に注意を促している。 「知っているwissen」という語の文法は、明らかに「できるkönnen」「能力があるimstande sein」といった語の文法に非常に類似して…

状態をめぐって

1. 前回、「誰それが・・・している」という、行為の進行(progressive)相での表現は、状態の記述に似たように扱われる、と書いた。 「状態性」とimperfective aspectとの関連は、よく指摘されてきた。 ただし、それだけでなく、「状態」という概念は、行為を…

行為と状態(1)

1. 前回までのまとめ われわれは、自分の、他者の行為について、様々な名で呼び、語る。それらの名が表す行為の中には、行為の終点(≒目標)が、その行為の概念と「論理的に」結びついていて、なおかつ行為の開始から終点の実現まで時間的隔たりの存在するも…

「知る」ことと「感覚する」こと

1.先に引用した「直接的洞察」の例、数列の継続、自身の意図についての知、思い違い等。これらについて、「何によってそのことを知るのか?」と問われた場合、人を納得させる答えはすぐには出てこない。だが、次のように考えようとする強い誘惑がないだろう…

状態としての「・・・として見る」

1. これまで「・・・を・・・として見る」と「・・・で・・・を意味する」の類比を軸にして、「として見る」のさまざまな時間様態を区分してきた。「・・・を・・・として見る」の特徴として、ある時間間隔における状態の持続を表現できることが指摘された。…

「気づく」と「見る」

1.前々回、「として見る」と「気づく」に類比されるべき使用が存在することを見た。その一方で、「として見る」は、ある時点から別の時点までの「持続」を表現できることによって、「気づく」のような概念から異なっている。「気づく」は、(気づいた内容を…

適用が正当化する

1. 前回、「・・・として見る」という表現の使用に関する考察を、まず、「意味する」という表現との類比によって進めていった。「意味する」については、過去形での使用という、注目すべき用法があった。その使用の条件でにとって重要なことは、ある時点から…

アスペクト知覚と能力

1.「・・・として見る」と、「・・・を意味するbedeuten, meinen」との類比を導入する。 以前にも取り上げたが、「・・・を・・・として見る」は「その表現が一つの比較Vergleich(直喩)であるような体験」と呼ばれていた。 ある顔と別の顔との類似を見て…

表出と記述

1.ここまで見てきた「表出」や「叫び」という概念には、さまざまな曖昧さが付きまとっている。 たとえば、自らの心理に関する一人称現在時制の文の中には、自らの心的状態の「記述」と呼ぶべき文もあることを、ウィトゲンシュタインは認めていた。 あるひと…

意図の表明

1.ウィトゲンシュタインにおいて、「表出Äußerung」と「記述」の対立が問題となるケースの一つを、次の例に見ることができる。 「私はそこへ行くことを意図している」これは心の状態の記述なのか、それとも表出Äußerungなのか。(RPPⅠ593) 「意図の表明」…

感覚概念の拡張

1.われわれは「感覚」という概念を、類比によってさまざまに拡張して使っている。「感覚への類比」に対する批判にもかかわらず、ウィトゲンシュタインは、単純にそれを禁じようとしているわけではない。 表情の「臆病さ」を「感じる」ことについての例。ウィ…

感覚と状態

1.「感覚」Empfindung,Gefühlが関連づけられ、類比される、さまざまな概念について、簡単に見ておきたい。 「内的体験innerer Erlebnis」「内的出来事innerer Vorgang」「心的出来事seelischer Vorgang 」について。 まず、「(内的)体験」という概念への類…

感覚への類比

1.「我々を引きずってゆく抵抗しがたい類比によって、我々は困惑のなかに引き込まれるのだと言えよう。(BBB p108)」ウィトゲンシュタインは哲学的困難の源泉について、そう語っていた。これまで見てきた、心理概念の中の差異の指摘も、「抵抗しがたい類比」…