動態動詞ル形の用法について(12)

1.

山岡政紀は、「可能動詞文」、すなわち「可能動詞」の文について、

…可能動詞文は、動詞文でありながら動作性が捨象されており、しかも必ず有題文となり、基本的に〈属性叙述〉である。

(山岡「可能動詞の語彙と文法的特徴」p10)

と述べている。山岡が「可能動詞」と呼ぶものは、意志的な動作動詞の可能形、「できる」、「わかる」等の動詞、「〜得る」「〜かねない」等の接辞を付加した動詞表現を合わせたものである。この特徴付けに対する検討は、今は行わない。

山岡は、ここから、可能動詞文において「何が(どの意味役割が)主題化されているか」に着目した分類を試みている。以下の例文では、いずれも主題が助詞ハによって示されている(ibid. p10-11)。

人には この魚が食べられる。[経験者可能]

この魚は食べられる。[対象可能]

この寮は快適に住める。[場所可能]

駅(へ)はバスで行ける。[目標可能]

バス(で)は駅へ行ける。[道具可能]

さらに、条件節を用いた可能動詞文に注目する(p11)。

ペンチを使えば太い針金でも曲げられる。[道具可能]

10時になりますから、もう泳げます。[時間可能]

山岡は、条件節を主題を代行するものと捉えて(p11)、その内容から、例文を上のように分類している。すなわち、それぞれ、道具(ペンチ)、時間(10時以降)が主題化されていると見る。

条件節と提題の名詞句「~は」を、主題化機能という共通性において捉えることは、三上章が示唆した見方でもある。

最初に書きましたように、「Xハ」は「Xニツイテエバ」という心持ちです。だから「Xハ」は、内に条件法を潜めているとも見られます。条件法「スレバ「シタラ(バ)」の末尾の「バ」と提示法の「ハ」とは、もとは同じ助詞だったろうという推定があります。(三上『象の鼻は長い』p156)

 

2.

名詞句「~は」が備わった文にも、加えて条件節が現れる場合がある。(以下の例文は、山岡、p12を参照)

私は 調子がよければ ホームランが打てます。

条件節の他に、潜在化した経験者格(一般的な「人」、あるいは文脈的に特定される人物)が主題化されている、と見なせる文もある。例えば、次の文は、「教師」が主題となっている例である。

試験が済めば 答えも教えられます。

すると、これらの文は、主題に関して、条件節が状況的な制限を課している、と捉えることができよう。

このように、恒常的な属性としての可能ではなく、条件の充足や限定された時間などの状況が前提となっている可能表現について、[状況的~]を付加して呼ぶことにする。(山岡、p12)

そこで、先に上げた条件節を持つ例文は、どちらも、[状況的経験者可能]と呼ぶことが可能である。また、

市民プールは 7月から9月までの三か月だけ 泳げます。

は、「市民プール」が主題化されているから、[状況的対象可能]と呼ばれることになる。(あるいは「市民プールでは、...」であれば、[状況的場所可能]と呼ぶことができよう。)

 

3.

さて、主題と条件節という、二重の「主題化(≒条件化)」がはたらく文は、構造的に「象は鼻が長い」のような文に類似している。例文の一つ「私は、調子がよければ、ホームランが打てます」について見てみよう。「ホームランを打つ」のは「私」であり、「長い」のは「鼻」であるから、文の語順を調整した上で比較しよう。

a. 調子がよければ、私は ホームランが打てます。(可能動詞文)

b. 象は、鼻が 長い。(属性叙述)

c. 彼は、娘が 結婚した。(事象叙述)

「象は鼻が長い」「彼は娘が結婚した」のような文は、日本語研究史において「総主文」「二重主格文」「二重主語文」などと呼ばれてきた。

ここでは、可能動詞文を属性叙述文と比較してみよう。

以前、「領域を持つ属性叙述文」(益岡隆志)という概念を紹介した。例えば、「象は鼻が長い」を、そのような文の例と見ることができる。(cf. 益岡『日本語文論要綱』p19)

[A(対象)は [B(領域)が C(述語)]]

ここで注意すべきは、直接の述定関係(主述関係)にあるのはB(領域)-C(述語) であって、A(対象)はCと直接の関係にはないことである。たとえば、A=象、B=鼻、C=長い、のように。あるいは、A=彼、B=娘、C=のように。[BがC]を「中核的な述定関係」と名付けておく。

一方、[BがC]の部分を、一つのまとまった述部(複合述部)と見なすなら、Aと[BがCだ]を、述定関係にあるものと見なすことができる([象は]-[鼻が長い])。(cf. 三原健一『日本語構文大全Ⅱ 』p7、)

そこで、a.,b.を属性叙述という点で比較するなら、a.は、「私」を主題とした「条件付きの属性」を述べる文であり、b.は「象」を主題として「鼻が長い」という恒常的属性を述べた文だと言える。

「私」-「調子がよければ、ホームランが打てる」

「象」-「鼻が長い」

しかし、中核的な述定関係、つまり[BがC]の部分を中心に見ると、違った構造が浮かんでくる。a.では、「調子がよければ」という条件節は、「私はホームランが打てる」という中核的な述定関係を条件的に制約するものである。同様に、b. では、「象(であれば)」という<条件>が、「鼻が長い」という中核的述定関係に対する「制限的条件」をなしている、と捉えることができる。

「私はホームランが打てる」←「調子がよければ」

「鼻が長い」←「象であれば」

上で注意したように、三上章に既に、「〜は」という主題形式の内に条件法を見て取ろうとする方向性があった。

そして、2024-01-14 で注意したように、属性叙述は、しばしば条件節を伴う。また、基本的に有題文である。

とすると、可能動詞文の、今回挙げたような特徴は、属性叙述文一般において観察・検討されるべきであろう。実際、下の例文のように、条件節等を用いて、様々な主題化やさらなる制約化がなされることはごく普通である。

1気圧であれば、水は100℃で沸騰する。

本州沿岸では厳冬期にも港湾が凍ることはない。

バスでは、駅まで30分かかる。

今はその余裕はないが、いずれ、「主題topicと量化」というテーマで展開できれば、と思う。