心理学の哲学

「知る」ことと「感覚する」こと

1.先に引用した「直接的洞察」の例、数列の継続、自身の意図についての知、思い違い等。これらについて、「何によってそのことを知るのか?」と問われた場合、人を納得させる答えはすぐには出てこない。だが、次のように考えようとする強い誘惑がないだろう…

感覚によって知る

1.前回、「直接的洞察」というテクストの言葉から連想し、類比によって集めてきた例を、アンスコムの言う「観察に拠らない知識」と比較してみた。 気になるのは「観察」という言葉である。前回挙げた、「直接的洞察」のリストの内には、感覚が関係するもの…

「現象」と「指し手」

1.「表出」「叫び」、「記述」「報告」。ウィトゲンシュタインによるこれらの概念の使用が 曖昧で明確さに欠ける、という批判には 「確かに」と言わざるを得ない。だが、それ以前に、根本的な異議が唱えられるかもしれない。 「かりに私が痛みを感じるとし…

表出と記述

1.ここまで見てきた「表出」や「叫び」という概念には、さまざまな曖昧さが付きまとっている。 たとえば、自らの心理に関する一人称現在時制の文の中には、自らの心的状態の「記述」と呼ぶべき文もあることを、ウィトゲンシュタインは認めていた。 あるひと…

「叫び」という概念

1. 「心理学の哲学」関連のテクストには、「表出」に類似した、共に「叫び」と訳される2つの言葉、AusrufとSchreiがしばしば登場する。(この2つの意味の違い、使い分けの有無が問題となるが、とりあえず、ここではまとめて扱うことにする。下に引用したLPPⅠ…

意図の表明

1.ウィトゲンシュタインにおいて、「表出Äußerung」と「記述」の対立が問題となるケースの一つを、次の例に見ることができる。 「私はそこへ行くことを意図している」これは心の状態の記述なのか、それとも表出Äußerungなのか。(RPPⅠ593) 「意図の表明」…

「表出」の概念

1.心理的概念を用いた通常の文章(例:「私は悲しみを感じている」)は、感覚に類する内的体験を、外的な事象を記述するのと同じ仕方で、記述する、という通念。この通念は2つの類比によって支えられている。一つは、先に取り上げた、「感覚」への類比、もう…

治療の手法

1.たとえば、「理解」が、自分にとっては「内的体験」であり、「感覚」「感じ」のようなものだと主張する人に対して、「理解」と「感覚」「感じ」との違いを示すことは、ウィトゲンシュタインの言う「哲学的治療」に役立つ。 cf.RPPⅠ302,PPF36 だが、前回見…

感覚概念の拡張

1.われわれは「感覚」という概念を、類比によってさまざまに拡張して使っている。「感覚への類比」に対する批判にもかかわらず、ウィトゲンシュタインは、単純にそれを禁じようとしているわけではない。 表情の「臆病さ」を「感じる」ことについての例。ウィ…

感覚と内省

1.「感覚」「感じ」と「内省Introspektion」という概念の結びつきについて。「人が何らかの心理的経験をする際には、その人の心の内に、ある感覚ないし感じが、ある期間、現前・持続する。人は内省によって、その内容を知る。」という像が我々を縛っている…

感覚と状態

1.「感覚」Empfindung,Gefühlが関連づけられ、類比される、さまざまな概念について、簡単に見ておきたい。 「内的体験innerer Erlebnis」「内的出来事innerer Vorgang」「心的出来事seelischer Vorgang 」について。 まず、「(内的)体験」という概念への類…

奇妙な問い

1.類比によって、異なった使用をもつ言語ゲーム同士が混同されるとき、たとえば、不適切(的外れ、irrelevant)な問いが生じる。 次の例を見よう。 「私はビショップを動かす。」―「どれだけの間、君はうごかすのか?」(LPPⅠ3) ここにあるのは(象徴的行為…

感覚への類比

1.「我々を引きずってゆく抵抗しがたい類比によって、我々は困惑のなかに引き込まれるのだと言えよう。(BBB p108)」ウィトゲンシュタインは哲学的困難の源泉について、そう語っていた。これまで見てきた、心理概念の中の差異の指摘も、「抵抗しがたい類比」…

分類と展望

1.ウィトゲンシュタインが心理的概念のなかに見出した差異、中でも重要なものは、一つは志向性に関連する対立であり、もう一つは時間様態をめぐる差異であった。そして両者は連関していた。 RPPⅡ45において、通常の感覚は<意識状態Bewußtseinszustand>とさ…

心理的概念のアスペクト

1.体験と体験ならざるものの対立に関連する、もう一つ別の差異が、ウィトゲンシュタインによって繰り返し取り上げられている。それは、RPPⅠ836で<経験Erfahrung>を特徴付けるものとされていた<持続Dauer>という時間的様態にかかわる差異である。 心理的…

体験と持続、不適切な問い

1.心理的概念の風景を眺めるに当たって、まず何に注目したらいいのだろうか? 意外にも思えるが、心理的概念全般の分類に関して、体系的な整理を意図した断章を、ウィトゲンシュタインはいくつか残している。(RPPⅠ836、RPPⅡ63、148)。それらのなかで比較的…

狙いと関心

1. 概念の傾斜を理解し、表現することは難しい。(LPPⅠ752) 前回、ウィトゲンシュタインの取り組んだ課題が、<概念の地形学>という比喩で表現されることを見てきた。「一つの概念を他の概念に移行させる傾斜を、はっきりと見てとる」(RFM Ⅴ 52)とは、言…

心理的概念の地形学

1.言語ゲームの多様性の観点から、心理的概念の領域を眺めるならば、次のように言うことができよう。往々にして、一つの言葉にいくつもの使用が存在し、なおかつそれらの使用が互いに大きく異なっている、と。 たとえば、<考える>について。 <考える>、…

『哲学探究』第Ⅱ部

1.数学論に変わって、ウィトゲンシュタインの考察の中心(「メインストリート」)となったのが、「心理学の哲学」、すなわち、心理的概念に関する考察である。それについて、ウィトゲンシュタインの存命中に、最後にまとめられたタイプ原稿が、『探究Ⅱ』であ…