1.
前回、われわれの日常言語における行為の記述と、例の「言語」の式の意味するものとの違いについて簡単に触れた。
すでに前々回、当ブログのこの試みが、われわれの日常言語のモデル作りを目指すようなものではないことについて説明した。
従って、行為の記述と例の「言語」の式との乖離は、是が非でも解消すべきものとしてあるわけではない。
とはいえ、両者の類比を成り立たせるには、「言語」の式で記述する内容を、われわれがなす行為の記述に、もっと寄せておくことが必要である。
また、その乖離が、どのようなものかを把握しておくことも重要である。
そのために、例の「言語」の式を用いた「行為の記述」の構成を試みる。ただし、ここでは議論に必要な範囲の、ごく大雑把な構成に留まる。細かい正確さは犠牲になっていることを予め断っておく。
まず、見てわかるように、例の「言語」には、deicticなテンス表現がない。マクタガート流に言えば、B系列的な表現しかない。だが、そこはそのままにしておく。日常言語の「いま、...する」に対応する表現としては、「いま=t₁」のような条件をつけて式を用いることにしよう。(もちろん、両者を同じ意味とみなす、ということではない。)
また、この「言語」の式の多くは「時点」について語るのみであるが、さまざまな「期間」についても語れるように表現を工夫したり拡張したりすることも可能かもしれない。が、これもそのままにしておこう。
2.
次のような表現を考えてみる。
∃D[D=F(a,t)]
これを「aはtにFする」という叙述を与える式と見なしたくなるが、そういう式でないことは明らかである。
同様に、
∃d[d=f(a,t)] は、「a は t にfしている」ではない。
まず、これらの式は単一の時点について語るのみであり、その時点での<所為><動作>のタイプが、ある関数の値と一致することを表示しているに過ぎない。
そもそも、この「言語」における関数F,G,...,f,g,...は、「...する」「している」という述語(真理関数)ではない。
また、前回注意したように、<所為>や<動作>のシーケンスは、すべてがそのままで行為と呼ばれるのではない。
さらに、ある行為を遂行するには、いくつもの経路が可能であり、一本道ではないのが普通である。
ゆえに、ここで、行為と<動作><所為>との区別を、仮定Aと名付けて確認しておきたい。
仮定A:<動作>や<所為>と、「行為」とは、カテゴリーを異にする。
関数F,G,... と行為とのつながりを明確にするため、まず次のことに注目する。「(特定の)行為がなされた」という主張が正当化されるには、その行為に固有の規準が達成されていることが必要であろう。例えば、42.195kmを走り抜いて先頭でゴールのテープを切ることが、「マラソン大会で優勝する」ことの規準であるように。
そのような規準には、実際に行われたことだけでなく、行為主体の状況(意図、傾向性等)や、行為を取り巻く環境等も関わってくる。(例えば、柏端徹也「行為と進行形表現」を参照)
ここでは、その規準として、それぞれの行為に対応する、特定のタイプの<所為>がなされたこと、を採る。それを仮定B と名付けておこう。そして、以下では、行為者の意図、傾向性、環境等については、議論を簡潔化するために敢えて触れない。
仮定B:ある行為の成立の規準は、その行為に対応する、特定のタイプの<所為>がなされたこと、である。その<所為>タイプは一つであるとは限らない。
さらに簡略化のために、ある行為の規準となる<所為>タイプはいくつあってもよいが、その内の一つが成されれば、その行為の成立には十分である、と仮定して話を進める。(つまり、行為の成立に複数の規準が満たされることが必要な場合は議論の対象から外しておく。)
規準となる<所為>タイプの、行為の過程全体における分布の仕方は、語彙的アスペクトのタイプによって異なる。例えば、activity verb で表される行為(「走る」など)は、過程のどの時点における<所為>も、その行為の規準となり得るだろう。が、その点の詳細な議論には今は立ち入らない。
ここで、行為を指示する定項、変項を導入しよう。
行為を、定項h₁,h₂,... ; 変項h₁,h₂,... で指示する。
(ここでは、行為のタイプと個別的行為との区別は無視する。)
ある<所為>のタイプが、ある行為の達成の規準であることを表す述語Crを考える。
Cr(D₄,h₃) は、
D₄ のタイプの<所為>がなされることが、行為h₃ が達成されることの規準であること、を意味する。
新たに行為の遂行を意味する述語<Act>,<act> を考える。
Act(a,t,h) は、「時点t に、行為者a が、行為h を行う(達成する)」を意味し、
act(a,t,h) は、「t にa が、h を行っている」を意味する、としよう。
Act(a,t,h)を、「aがtにhする」、
act(a,t,h)を、「aがtにhしている」と読むことにする。
(※以前注意したように、activity verbやaccoplishment verbで表される行為は、perfective aspect では、時点について叙述されないのが通常である。が、そこはこの場では無視して、構成された「言語」の方に寄せておく。)
<Act>や<act>を、ここまでの道具立てを使ってどう表すか、というのがここでの課題である。
3.
まず、<Act>について。
次のような条件を考えよう。
①aがtに<所為>Dをなす:A(a,t,D)
②Dは、D₁タイプの<所為>である:M(D,D₁)
③<所為>タイプD₁は、行為hの規準である:Cr(D₁,h)
①~③がそろえば、「aがtにhする」と言えそうだ。
よって、
Act(a,t,h) :=∃D∃D₁(A(a,t,D) & M(D,D₁) & Cr(D₁,h)) 、としてみよう。
ただし、これだと、それまでの過程がどうであれ、時点tに<所為>Dがなされていれば、tに行為hが行なわれた、ということになる。そこに不自然さも感じられようが、今はこのまま先へ進む。
もし、上の表現を受け入れるなら、
「t までにhする」は、∃D∃D₁∃t₁≤t(A(a,t₁,D) & M(D,D₁) & Cr(D₁,h))、
「tより後にhする」は、∃D∃D₁∃t₁>t(A(a,t₁,D) & M(D,D₁) & Cr(D₁,h))、
で表せよう。
4.
<act>については、次の条件を考えてみよう。
①aがtにdをしている:Ă(a,t,d)
②dは、d₁タイプの<動作>である:m(d,d₁)
③d₁は、関数fにおいて、aがtにしている<動作>のタイプである:d₁=f(a,t)
④関数fに、ある関数Fが対応し、任意のa,tについて F '(a,t)=f(a,t) が成り立っている。
Fは、いわばfの「原始関数」である。
ゆえに③の "d₁=f(a,t) "は、"d₁=F '(a,t)" と表せる。
⑤関数F において、tより後の一時点t₁に、aはDタイプの<所為>をなす:∃t₁>t(F(a,t₁)=D)
⑥Dは、行為hの達成の規準となる<所為>タイプである:Cr(D,h)
以上から、
act(a,t,h) :=
※現実には、ある行為の規準となる<所為>に至る経路は複数あるだろう。しかし、便宜上、今後の考察では、そのような「経路」の一つのみを取り上げて話を進める。※ここで関数fと関数Fとの対応関係の成立が前提とされているが、Fの(いわば)「微分可能性」は無条件に成立するわけではない。この点は後に考えてみる。