1.
さて、「ぴったり合った内筒シリンダーと外筒シリンダー」(cf. PI 182)は、絵に描くことができる。
この一つの絵を相手に提示して情報伝達を行う、様々なゲームを想像することができる。
(その絵は、ウィトゲンシュタインの謂う、「像」の一つと見なせよう。)
それらゲームは、それぞれ、類似した伝達をおこなう文によって翻訳することができる。(ただし、必ずしも、適切な、唯一の翻訳があるわけではなかろう。)
2.
まず、内筒シリンダーと外筒シリンダー、それぞれ一個体がある、としよう。
内筒の個体をA、外筒の個体をBと名付ける。
内筒、外筒の形状について考える。
Aの形状をタイプA、Bの形状をタイプB、と呼ぼう。
さて、AとBがぴったり合わさっている図を描いて、それを人に示す。
それによって行う、さまざまな伝達のゲームを想像してみよう。
どのゲームも、用いる図は変わらない。
次のa.~c.によって、ゲームの内容を解説する。
a. 伝達行為の説明
b. 伝達内容を翻訳した文
c. 伝達行為の環境についての注記
ゲーム①
a. AとBが今合わさっているという、現在の事態の伝達
b. 「AとBが、ぴったり合っているよ。」
c. 主として、その事態を見ていない相手に対して述べる。
②
a. 現在の事態に対する注意の喚起、合意の形成
b.「AとBが、ぴったりと合っているね。」
c. 主として、それを目の前にしている相手に述べる。
③
a. 過去の事態の伝達
b.「その時、AとBがぴったりと合わさっていた。」
c. その事態を知らない人に述べる。
④
a. 過去の事実に対する注意の喚起、確認
b. 「その時、AとBがぴったりと合わさっていたよね。」
c. その事態を体験した人に対して述べる。
⑤
a. 未来の事態の予告
b.「やがて、AとBがぴったり合わさるだろう。」
⑥
a.(2つの個物が現実に合わさっている事態についてではなく)タイプの適合性について述べる
b.「タイプAとタイプBは、ぴったりと合う。」
c. 例えば、この事実を知らない相手に教示する。
⑦
a. タイプの適合性に対する注意の喚起、合意の形成、あるいは確認
b.「タイプAとタイプBとは、ぴったりと合うね。」
c. 例えば、AとBがぴったり合わさっているのを目の前にしている人に述べる。
あるいは、相手の記憶を呼び覚ますように、述べる。
⑧
a. 自分の、今している行為に関する叙述
b.「私は、AとBを合わせようとしているのだ。」
c. 自分の行為を目の前にしている相手にも、あるいは遠く離れた相手にeメールや郵便によっても、知らせることができる。
⑨
a. 自分がその時していた行為に関する叙述
b.「私は、その時AとBを合わせようとしていた。」
⑩
a. 自分の過去の行為の伝達
b.「その時私は、AとBを合わせた。」
⑪
a. 自分の、完了した行為を述べる
b. 「私はAとBとを合わせました。」
c. 自分の行為や合わさったA, Bを 目の前にした相手にも、目の前で見ていない相手にも、知らせることができる。
⑫
a. 自分の、未来の行為の予測
b.「私は、AとBとを合わせることになるだろう。」
⑬
a. 自分の意図の表現
b.「私は、AとBを合わせるつもりだ。」
c. 未だ自分の下ではAとBとが合わさっていない状況で述べる。
⑭
a. Bを買ってきた理由を示す。
b. 「AとBとがぴったり合うからです。」
c. まだAとBとが合わさっていない状況で言う。
⑮
a. タイプBの製品を発注した理由を示す。(2021-3-26 参照)
b. 「タイプAの製品には、タイプBの製品がぴったり合うのです。」
c. まだAとBとが合わされて完成品が製造されていない状況下で言う。
⑯
a. 命令
b.「AとBを合わせなさい。」
c. まだAとBとが合わさっていない状況で言う。
網羅的ではないが、例えば、上のようになるだろう。
(c. については、それぞれさらに詳細に規定することができよう。)
それぞれにおいて、図と現実との不一致が起きた場合、図がどのように評価されるか(例えば、偽なることを述べている、嘘をつくのに用いられた、等の評価)を考えてみること。
例えば、一つの図を複数の人に示して、これらの内のいくつかのゲームを同時に行う可能性が考えられるだろう。
他方、一人の人に対して、示された図が、同時に複数のゲームの役割を果たす可能性もある。
あるいは、時間差的に違った役割を果たす可能性もある。
それらの例から、 ゲームの間の“相性”(同じ環境で行えるかどうか)、重なり、さらに決定不能性 について考えてみること。
3.
さて、これらのゲームの中には、⑧~⑫のように、「AとBとをぴったり合わせる」という行為の叙述に関わるものが存在する。そこでは、テンス、アスペクトの情報も伝達される。
それらにおいて、「AとBがぴったり合った図」は、行為の終点=目的 end の「像」として機能している。
「AとBとをぴったり合わせる」は、telicな動詞であり、Vendlerの分類でいうaccomplishment verbである。
終点に達していない、途上の行為について述べる⑧は、telicな動詞による、imperfective aspect での叙述に類比される。
ウィトゲンシュタインのテクストに頻出する「ぴったり合う passen」というモチーフを追ってゆく内に、いつの間にか、telicな動詞のimperfectiveでの使用という、懸案のテーマの軌道に交差している。
以前、こう記した。
突き詰めてみれば、telicな動詞をimperfectiveに使用すること自体が、矛盾をはらむように見えてしまうだろう。なぜなら、imperfectiveに使用された場合、endは未だ到達されておらず、その行為はそれ自身であるための規準を欠いたままであるから。
このような見方は、「説明」の周辺(32)で、「できる」や志向的態度を表す語に関する偏った見方として提示したものに類似している。すなわち、「本来的規準」を欠いた場面で語を使用することは正当性に欠けている、という見方に。
だが、そのような語の使用が有用なのはむしろ「本来的規準」を欠いた場面においてではないのか、というのが、それに対する批判であった。
このようにして、以前の問題に還るためのショートカットは開けたが、まだ「美学的説明」の問題については不明瞭な段階である。
先へ進む前に、ここまでの道筋について、一旦整理しておく必要があるだろう。