第四種動詞の周辺(13)

1. 

影山や西田が挙げた、第四種動詞他のル形用法は、漢文の読み下し文を思わせるところがある。特に、西田(5)の例は、過去の事象を述べながらもテンスが現在化されている点で、そう感じさせる。

(5) 菊池序光(生没年不詳) 江戸時代後期の装剣金工。菊池序克にまなび、のちに養子となって菊池家2代目をつぐ。柳川派の手彫りにすぐれる。江戸神田にすむ。本姓は中山。通称は伊右衛門

古典的な漢文を含めた中国語は、無テンス(無−絶対テンスと言うべきか?)言語の例によく挙げられる。してみれば、この文の「現在テンス」は、むしろ「無テンス」と見ることができるのではないか、と思われてくる。また、他の第四種動詞のル形用法も同様に、現在テンスよりもむしろ「無テンス」とみる可能性について、考えされられる。

(残念ながら、日本語史における語法の変遷や漢文の影響に関する知識がないので、突っ込んだ話はできない。)

ここから素朴な発想で、第四種動詞のル形用法では、「無テンス」ないし「テンスの中和」がポイントになっているのではないか、と考えてみたくなる。この場合の「テンスの中和」とは、time of utterance(TU)とのつながりの弱化、さらに、time of orientation(To)の曖昧化(不定化)を意味する。

以前、topic time(TT)の「不定化」について考えた。野田高広の謂う「非限定的解釈」習慣文、またKlein の" habitual"  の構造について、矛盾なく解釈するためには、TTを複数化した上で、現在テンスとTUとの結びつきが弱められることが必要だった(”テイル形と習慣用法”)。そして、結果的に、Toの「不定化」という発想へと導かれた。

関連する概念として、鈴木重幸の「非アクチュアルな現在」がある。

これは、動きや変化の現実の特定の一つの時間への関係づけが捨象または一般化されて、不特定、不定数の時間に関係づけられること、あるいはその可能性があることをあらわすものである。発言の瞬間にはその動きや変化は非アクチュアル、ポテンシャルである。非連続的に不定数くりかえされる動きや変化をあらわしたり、主体(対象)にポテンシャルに関係して、それを特徴づける動きや変化をあらわしたりする。(鈴木、「現代日本語の動詞のテンス」、p16)

鈴木は、「非アクチュアルな現在」として、3つの種類、

1)非連続のくりかえしの現在

2)コンスタントな属性の現在

3)一時的な属性の現在

を挙げている。内容の検討は後に回すが、このように鈴木の「非アクチュアルな現在」は、持続的な属性の他に反復性、習慣性をも含む概念である。それらの背後に、To, TTの「不定化」を想定してみたい。

 

2.  

ただし、「非アクチュアル」でありえるのは現在だけではない。「非アクチュアルな過去」、「非アクチュアルな未来」に相当する文を見出すことも容易であり、鈴木もそれらについて論じている(p31~, 53~)。

鈴木は、「非アクチュアルな過去」に、1)過去の一定の期間における非連続のくりかえしの過去、2)過去の一定の期間におけるコンスタントな属性の過去、を挙げている。

あの時もさ、君はよく指を切ったぜ。

秀吉は、小さいときの名を日吉丸といった。( cf. 鈴木、p54)

「非アクチュアルな現在」がいずれもル形で表されるのに対し、「非アクチュアルな過去」はタ形で表される。ここには形態として現れたテンス的対立がある。

それに対し「非アクチュアルな未来」は、「非アクチュアルな現在」と、動詞に形態的な違いはない。「状況語やその他の条件(文脈や場面など)で、現在をふくまないこと、未来だけにかかわることがしめされると、それは非アクチュアルな未来の意味となる。」(鈴木、p31)

以上のような「非アクチュアル」の表現においては、Toが「不定化」されているものの、Toがとり得る領域domainについては、動詞のテンス・フォームが示す範囲に含まれており、さらに副詞句や文脈によって限定されることになる。

 

これに対し、上で再引用した西田(5)の例文は、明らかに過去の事象でありながら、ル形で表現されている。これは、英語学等で、"Praesens Tabulare" と呼ばれるものに相当するだろう。

この用法では、一連の歴史的事実が単に記録され、それらがいつ起きたのかもはっきりと述べられる ー過去のものとして。 心理的な「感動」、誇張、ヴィヴィッドな語り、そのようなものは全く存在しない。それらとは対極的に、過去の事象が端的に述べられる。(Wolfgang Klein, "How time is encoded" p12)

ここで表現されているものを益岡の謂う「履歴属性」であると、すなわち(5)文は属性叙述文であると考え、属性叙述という観点から考察することも可能であろう。いずれにせよ、ここでは、テンス・フォームが、事象の現実に即したものではなくなっている。

 

3.

このように、「テンスの不定化」「テンスの中和」といった用語を使いたくなるものの、それらが指す言語現象には多様性がある。

影山や西田が挙げた第四種動詞のル形用法と、西田(5)のような用法を、同じカテゴリーに入れてよいかどうかも、簡単に判断することはできない。

例えば」、過去の事象を述べる際に現在テンス化するような事例を「テンスの中和」と呼び、「非アクチュアルな過去」のような、過去テンスを保持したまま一定の期間におけるくり返しや属性を表現する場合を「Toの不定化」と呼び分けることができるだろう。しかし、その場合、第四種動詞のル形用法を「テンスの中和」の例としてよいかどうかは、色々な角度から検討しなければ分からない。テンスの変則的用法全体について把握することなしに、「テンスの中和」について確実なことを語るのは難しい。

しかし、ここでは、暫定的に、様々な諸例を、「テンスの中和」という観点から眺めてみることにしたい。