a toy calculus of actions(8):投錨点と初期条件

1.

議論のために、新たな比喩を前回導入した。

細長い帯状の平面の色彩を、サンプルを用いて表示する、というものであった。

議論の簡略化のために、色相や明度の変化は、(帯の長方向をx軸として)x軸方向にのみ起こる、と仮定した。

一様な色彩が全体に拡がっているのであれば、サンプルを指定するだけでよく、

一様な色彩の分布が有限な場合には、サンプルに加えて、分布域内の或る位置点を指定することで、広がりについては不確定であるが、なにがしかの情報を伝えることができた。

(これらは、それぞれ、stative verbの 総称文、stage-level predicate の文と比較された。)

次は、色彩が平面上で変化する場合に、サンプルを使った表示の方法を考えたい。

以後便宜のため、色相は一定、明度のみが変化する、と仮定し、彩度のことは無視して話を進める。

 

2.

まず、ある点を中心に、そこからの距離に一定の割合で、明度が高くなる場合を考える。

例えば、中心となる点の位置を指定し、その点の色彩を色票番号等のサンプルによって表す。そして「1cm離れるごとに、明度が10⁻² 高くなる(+10⁻²/cm)」といった割合(変化率)を付け加えれば、表示は完了する。

あるいは、平面の左から右に向かって、一定の割合で明度が高くなってゆく場合にも、ある一点の位置を選べば、サンプル、変化率の指定、で表示できる。

これらの場合、任意の点における明度は、(サンプルの明度)+距離xの一次式、で表せる。つまり、変化率が定数なので、実際の明度変化は一次式で表される。

これを、原始的な微分方程式の場合に類比することができよう。

すなわち、方程式が y '=定数、で、選択された点がx=0となり、サンプルの値が初期条件となる。

 

3.

次は、変化率が関数で与えられる場合が考えられよう。

もちろん、変化率でなく、色彩そのものが、関数F(x)によってダイレクトに与えられる場合も考えられる。その場合、サンプルは不要になる。

それはそれとして、具体的なサンプルを与えて変化を表示する仕方を考えてみるなら、①ある位置の指定(x=0)  ②サンプル  ③各点での変化率を与える関数  =導関数F '(x)、の3つが必要となる。

この時、(サンプルの値)=F(0)、であり、この表示の仕方にとって、①②がいわば初期条件の指定として、不可欠であることは明らかだろう。

 

4.

では、進行相の文をこれと比較してみよう。

当ブログで、「aがtにhしている」に類比するために構成した式<act(a,t,h)>をもう一度見よう("a toy calculus(4)")。それを比較のための媒介としよう。

(※度々強調するように、このような構成は試行的な一例に過ぎず、「aがtにhする」の唯一の「翻訳」ではない。)

dd₁FD[ Ă(a,t,d) & m(d,d₁) & d₁=F '(a,t)

&∀t₁≤t∀d₂(Ă(a,t₁,d₂)→∃d₃(m(d₂,d₃)&d₃=F '(a,t₁)))

&∃t₂>t(F(a,t₂)=D) & Cr(D,h)) ] ...Ⓐ

Ⓐ式から判ることは、hに導く関数Fが存在し、Fの「導関数」F’ に沿って時点tまで一連の<動作>が行なわれてきたこと、その<動作>がなおもF' に沿って継続されるなら、いずれhの行為に到達すること、である。

ただし、tにどの<動作>を行っているか、どの<所為>をなしているかはわからない。また、hへの道程の、どの段階にいるか、もわからない。いつhを行うかもわからない。(これは、1.の、stage-level predicateの場合に少し似ている。)

 

当ブログでは、<d=F '(a,t)>を、Ⓐ式の核と呼んだ(cf. "a toy calculus(5)"。

このように、進行相を、「変化率を与える導関数」を核とする表示方法のように見なすなら、進行相の非自立性(=「投錨」anchoring の必要性、”行為と状態(4)”を参照)は理解しやすくなるだろう。

進行形のreference pointは、3.の<サンプルと変化率による表示方法> におけるx=0の位置に比較できる。

topic time(=reference point)が全く示されない状況で、単に「太郎が卵をゆでていた」と言うのは不自然である。それは、上の表示法で①が欠けている場合に喩えられる。

 

とはいえ、例えば「地震が起きた時、太郎は卵をゆでていた」と、reference point「地震が起きた時」を明示して言う場合にも、その時どのような段階にあったのか(ゆで始めたばかりか、半熟になった頃か、固ゆでになっている時か...)、いつ頃ゆであがるはずだったか、はその文のみからは分からない。そのことは、上のact(a,t,h)式で、tに何をしているか、いつhが行なわれるか、等が確定できないことに比較できよう。

これは②が不確定な場合に喩えられよう。つまり、ある時点が与えられ、その時点における行為の「変化の方向や仕方」が与えられているが、行為の具体的状況(≒初期条件)が知らされない場合である。この文のみからは、「一般解」は知られても、「特殊解」は導けないのだ。

 

5.

しかし、Ⓐ式と共に、tにしている<動作>、なす<所為>を提示されるなら、それによって「初期条件」が与えられるかもしれない。

すなわち、その場合は、t(=reference point)に加え、「サンプル」(<動作>と<所為>)が提示される。もし、ここで聞き手が具体的な「導関数」(F ’)と「積分」の仕方(F '⇒ F)を推測できるなら、その後の行為の行方(たとえば、いつhするか)を推定することが可能になるだろう。

これを、例えば、自分の行動を見せながら「私は今...している」と言うことに比較すること。

この場合の文「私は今、...している」は、Ⓐ式のみに類比されてはならない。また、この場面で聞き手が把握すべきことは、<動作>や<所為>を、ある関数の値として捉えること、なのである。

 

6.

ただし、実際の状況の構造はもっと複雑で、有効な議論に持ってゆくには、状況の解像度をより上げてゆく必要があるだろう。

例えば、Ⓐ式をモデルとする場合でも、次のことが言える。

F ₑをⒶ式を満たす関数の一つとする。すなわち、Fₑ(a,tₑ)=DₑかつCr(Dₑ,h)となる特定のtₑ,Dₑ があるとしよう。cを実数として、任意のtについてFₑ(a,t)=Fₖ(a,t-c) となるようなFₖ は無限に存在するだろう。そのいずれもが、Fₖ(a,tₑ-c)=Dₑ となるから、Ⓐ式を満たす。したがって、Fのそのような不確定性もまた、Ⓐ式の不確定性の一部である。つまり、その不確定性は、複数の関数の間の不確定性を含む。

 

ここでは、これ以上深入りはしない。当ブログの目的は、あくまでも「微積分への類比」を可能にする視点の獲得、に留まるからである。