前回の補足、topicとfocus

1.

前回、ウィトゲンシュタインのテクストを広い視野の中で読むために、関連する(と思われる)言語学上のトピックをいくつか拾い出してみた。

ただし、まだそこには「抜け」がある。

 

<thetic judgement/categorical judgement> という対比との関係で、<無題文/有題文>の対比を取り上げた。

これは、日本語学で、助詞「は」と「が」の使用の違いに絡めて問題にされるテーマである。「有題文」は「主題をもつ文」、「無題文」は「主題を持たない文」とされる。

では、「主題」とは何か?

三上章は、「主格 nominative case」と「主題 theme」と「主語 subject」を互いに区別することから始めて、有名な「主語廃止論」に説き及んでいる(三上、『現代語法序説』)。

三上は、英文法では「主題」は「主語」ほど明確な形式的特徴を備えていないから、「初の方では主題の概念を持出さないですめばその方がよかろう」と言う。それに対し、日本語では、提題の助詞「は」があるがゆえに、「主題」は「初から重要な役割をする文法概念である」と主張する(三上、同書p84, 88)。

三上の先駆者として松下大三郎等が挙げられるが、「は」と「が」の使い分け、というテーマは、現在まで長く日本語学の論点となってきた。それとともに「主題」の概念も、議論の前提とされ続けている。

しかし、改めて「主題」とは何か、を明らかにすることは難しい。「主題」をめぐる、膨大で具体的な統語論的/語用論的現象を見てゆくことから始めなければならないからだ。

ともかくも、ウィトゲンシュタインの「2つの使用」は、<有題文/無題文>という対比に重なるのだろうか?あるいは前回取り上げた数数の対比的概念にはどうか?

いや、どれにも直接には重ならない、しかし、さまざまに関連があるのではないか。それをここで説明することは無理だが、いつかその一端でも明らかにできればと思う。そのためにも、考察の視野をさらに広げておく必要があるだろう。

 

2.

三上は「主題」を 'theme' に訳した。現代の言語学に眼を転じると、'theme' は、むしろ「主題役割 thematic role」という概念の関連で使用されるから、三上の「主題」と混同すると都合が悪い。

一方<情報構造 information structure>という研究分野において、<話題 topic >と<焦点 focus>という概念が登場する。

重要なのは<話題>と<焦点>の違いが、<旧情報/新情報>(既知/未知)の区別に関連することである。「は」と「が」の使い分けに関して、<旧情報/新情報>の観点の重要性を指摘したのは久野暲である。したがって、これらのの問題は<無題文/有題文>のテーマともつながっている。

<旧情報/新情報>の区別は、definite/indefiniteの対立にも関連する。

 

3.

ここまで、言語学のトピックを見てゆくことで、概念的な<手駒>を増やそうと試みた。それは、次のようなものだった。

 

総称性 genericity

stage-level predicate/individual-level predicate

事象叙述文/属性叙述文

thetic judgement/categorical judgement

焦点focus/話題topic

無題文/有題文

新情報/旧情報

definite/indefinite

mass /count distinction

 

もちろん、ここでメモしたことは素人の初歩的確認であって、これらを専門家のように使いこなすことなどできるはずもない。が、言語学的テクストをわからないなりに読んでゆくために、これらの概念の理解を自分なりに深めてゆく必要があるのだ。