Topic time とテンス・アスペクト(4)

1.

Wolfgang Klein, Time in Language, (1994) の内容の検討に入る。(今後、TLと略す。)

目指すところは、何らかの学びをこの書から得ることであり、詳細でバランスの取れた紹介を行うことでも、その主張の数々に是非を下すことでもない。

従って、その発想や方法を大まかに捉えることから始めたい。問題にすべきところには後で何度も立ち返ることになるかもしれない。

 

2.

われわれが日常的に行う発話、書類に記したり、メールにしたりする文は、一般的に何らかの時間的性格を備えている。

次の会話を見てみよう。

「今日の昼休みの間に、そこの荷物、さっと片付けてくれ」ー「昼休みには、私、午前中からの用事で出かけているんですけど」

この会話で、前の発話が要求する「片付け」は、(今日の)「昼休みの間」という期間に位置づけられる。また、後の発話が述べる「出かけること」は、発話時には始まっていないが、その「昼休みの間」が始まる以前に完了する(はずの)行為として提示されている。また、「さっと」「午前中からの」という修飾句も、何らかの時間に関わる性格を持つ、等々。

この書は、文(発話)を時間的に性格づける主要な仕組み、テンス、アスペクト、時間的副詞句、の3つに関する統一的な説明を提示しようとする。

まず、その核心的なアイデアと方法的特徴について、ごく大まかに抜き出してみよう。

 

① "topic time" という概念の導入

Klein は、"topic time", "time of situation", "time of utterance" という三つ組みを導入する。(それぞれ、TT, TSit, TU と略記される。)

"topic time" は、例えば、"Topic time is the time for which,on some occasion,an assertion is made."(TL.p80)のように、あるいは"time for which the speaker wants to make an assertion"(ibid.,p23), "time for which such a claim is made"(ibid., p3)のように、定義される。

 

当ブログから見たところ、これらはReichenbach の "point of reference","point of the event" , "point of speech" という三つ組みの改良版に見える。(ただしKlein自身はそのつもりではないようだが)(cf. Hans Reichenbach, Elements of Symbolic Logic, p287)

 

どこが「改良」されているのか。Reichenbachにおいて、これらの時間は、用語からも分かるように、いずれも「点」であるかのように捉えられていた。

それに対し、Kleinの三つ組みは、いずれも時間的な広がりを持つ"time span"として捉えられている(ただし、time of utterance については、便宜的に、「点」のように扱われる。)

それによって、三つ組みの間には、Reichenbach におけるような一致‐不一致のみでなく、包含、部分的重なりといった関係が可能になる。

また、"topic time" について、それが時間的に拡大・縮小し得る(と理解される)ことは重要な帰結をもたらす。

 

②テンス、文法的アスペクト概念の再定義

上の三つ組みにおける関係によって、テンス、基本的な文法的アスペクトが再定義される。

ここで「基本的な文法的アスペクト」と呼んだもの(Klein自身の言葉ではないが)は、

<perfective, imperfective, perfect, prospect> の4つである。

つまり、Klein は、<perfect> を文法的アスペクトの一つと捉える。

 

③lexical content と語彙的アスペクト

事態situation の記述文について、Klein は、そこから得られる情報にいくつかの階層を認め、その中で、言語そのものから得られる意味のレベルを "lexical content" と呼ぶ(TL, p12)。

situationの記述は動詞を含み、節clauseの構造を備える。対応するlexical content はclause-type lexical content と呼ばれる。それは、それ自身では現実の時間に直接には関係していない、とされる(ibid., p36)。(今後、"lexical content" は、基本的にclause-type lexical contentを意味して使われる。)

節clauseのlexical content は、時間軸の上に自分の場所を持たない。(TL, p99)

Klein は、lexical contentを、<,>を用い、不定形の動詞を中心として項arguement や副詞句等を加えた<Napoleon sleep on the floor>のような形式で表す。(これに対応する実際の文は、"Napoleon slept on the fllor","Napoleon was sleeping on the floor"等になる。)

 

英語やドイツ語の動詞には、不定形infinite/定形finite の区別がある。

主語やテンスが「定まる」ことによって、lexical content 内の動詞は不定形から定形となって、実際に文として使用できる姿になる。

ただし、不定形のままでも、動詞は何らかの時間的性格をもっている(語彙的アスペクト)。また文の中で動詞を修飾する副詞句等も、既に何らかの時間的特質をもっている。

clause-type lexical content は、Carlota Smithにおける"verb constellation" に相当し、同様に語彙的アスペクトの担い手と見なされる。verb constellation が主語を含んだ [動詞+項arguement] として定義されるのに対し、さらに副詞句等をも含んだものとして定義される、という違いがある。

 

④FIN-INF linking

lexical content の動詞が定形化されて、テンス、アスペクトが定まることを、Kleinは、"FIN-INF linking" と呼ぶ。

ここで問題となるのが、時間的副詞句の働きである。時間的副詞句は、文脈によってそのスコープを変化させ、異なった時間的限定の働きを見せる。

また、一部の時間的副詞句には、次のような重要な機能上の変異がある。すなわち、そのような副詞句はlexical content を規定する場合と、(FIN-INF linking によって定まる)topic time を規定する場合とがある。次の文を見よう。(cf. TL, p161)

 Chris had left Heidelberg yesterday.

通常の解釈は、「クリスは、昨日には、ハイデルベルクを去っていた」であろう。

この場合、"yesterday"は、topic timeを規定する。

しかし、この文を次のような文脈で使用するなら、"yesterday" はChrisが去った時である。すなわち、lexical content を規定する。

 I could not find her this morning in her hotel. Chris had left Heidelberg yesterday.

(「私は、今日の朝ホテルで、彼女と会うことができなかった。クリスは昨日ハイデルベルグを去っていたのだ。」)

 

この他にも、時間的副詞句のはたらき方は、複雑な様態を見せる。

FIN-INF linking のメカニズムは、テンス、アスペクトの決定に加えて、これらの現象をも説明できるものでなければならない。

 

⑤lexical content の分類

語彙的アスペクトは、Vendler の分類に代表されるような いくつかのカテゴリーに分類され、そのカテゴリーは同時にsituationの分類ともされてきた(cf. 2022/03/04)。

Kleinにおいて語彙的アスペクトの担い手が clause-type lexical content であることは上に述べた。

では、このlexical content が、Klein においてどのように分類されているか?

 

Kleinの方法を、「真理値」概念を用いて簡略に説明してみよう(ただし、Klein 自身は真理値によって説明してはいない)。

あるlexical content をあるtopic time に結びつけたlinked場合に,ある主張assertionが得られる(上の定義を参照)。

一般に主張は、真理値を持つ。例えば、<Adolf Hitler be alive>は、1889/04/20~1945/04/30の間にあるtopic timeに結びつければ真、1951/05/01以後のtopic timeに結びつければ偽である("Adolf Hitler was alive","Adolf Hitler is alive" 等の主張の真理値を考えればよい)。

ある時間的区間に含まれる任意のtopic timeに、あるlexical content を結びつけたとき、つねに真なる主張が得られるとしよう。そのlexical contentは、その時間的区間において、真理値に関して一つに定まった状態state として扱うことができる。

さまざまなtopic time に結びつけたときの真理値の変化の仕方によって、lexical content を分類することができる。その分類は、上に述べた意味での状態の数に依っている。

 

このために、"TT-contrast" という概念が導入される。簡単に説明すれば、あるtopic time と ある別のtopic time とにおいてそれぞれの真理値が異なるなら、そのlexical content は、2つのtopic timeの間にTT-contrast を持つ、と言われる(cf.ibid., p80.)

 

そこで、

・TT-contrast が時間軸上に存在しないlexical content,(例<the square of three be nine>)

・ある時間的区間と、その前、後の両側でTT-contrast があるlexical content (例< the queen of england be ElizabethⅠ>) 

が区別される。

最初のものは0-State lexical content, 後のものは1-State lexical content と呼ばれる。

(このように、lexical content は、上で述べた意味での"state" の観点から分類されることになる。)

 

次に、Klein は、自身の内部にTT-contrast が存在するlexical contents について考察し、それを2-State lexical content と呼ぶ。すなわち、そのようなcontentは、2つの相反する「状態」が、ある境界によって時間軸上で接しているものとして把握されている。

時間的に前に位置する「状態」をsource state、後に位置する「状態」をtarget state、と呼ぶ。

Klein はこの3つを基本型として、議論を進める。

 

※ただし、Klein において、これらを導く方法が首尾一貫しているかどうかについては疑念がある。問題は、lexical content をtopic time に「結びつけるlink(cf. TL p80)」の意味内容の不明確さにあると思われる。しかし、ここではこれ以上立ち入らない。

 

このように、Klein による語彙的アスペクトの分類は、時間的局面temporal phase の概念を用いるタイプ(cf. William Croft, Verbs, p48)のものであり、それら局面は一種の「状態」として捉えられている。

それは、局面の境界よりもその数に着目した分類である。境界は、確かに関わってくるが、主題的にではない。すなわち、明示的にではなく暗示的にimplicitly姿を現すのである(cf. Croft, p51)。

 

この<明示的ー暗示的>という区別は、Klein の手法とも深い関りを持っている。それについて少し触れておこう。

(続く)