Topic time とテンス・アスペクト(1)

1.

進行相の問題にさらに入ってゆく前に、ドイツ出身の言語学者、Wolfgang Klein のアスペクト研究(Wolfgang Klein, Time in Language, 1994)について見ておきたい。そこでは、"Topic time " という概念を用いて、テンスとアスペクトに関する、一貫した説明が試みられている。

その内容は、当ブログにとって、興味深いものがある。ことに、従来のテンス‐アスペクト論の問題点を、当ブログでも取り上げた「叙想的テンス」(寺村秀夫)の現象を基に批判する点などで。

準備として、必要な範囲で、議論に関係する基本的な概念・用語の整理をしておこう 。

 

2.

まず、アスペクトを廻る基礎的な諸概念について、哲学的議論に立ち入らずに簡単に見てゆく。

Vendlerが、動詞のアスペクトの分類として提示した、

<state(stative), activity, achievement, accomplishment >の区別は、

出来事events の分類と見なされることも多い(cf. Events (Stanford Encyclopedia of Philosophy))。

(※ただし、<state>を<event>に対立するものとし、独立したカテゴリーとする考え方もある。後で触れる。)

背景にあるのは、時間・空間的特性によってアスペクトの成り立ちを説明しようとする志向だが、<event>が最も基本的な概念とされることについては、ドナルド・デイヴィドソンの影響がある。

デイヴィドソンに触発された event semantics の流れは、形式意味論の一潮流である。そこでは、event は、述語の項argumentとして現れる。

一方、われわれの「素朴な」直感からは、動詞ないし述語は何らかの出来事を記述する、と言いたくなる。

だが、いずれにせよ、出来事を、時間・空間的な実体spatiotemporal entities と捉えた時、それに備わるであろう、部分‐全体関係、有界性/非-有界性、持続性/瞬間性、均質性/不均質性といった基本的な特質が、記述の持つアスペクト的性格を根拠づけると期待される。アスペクトの分類が出来事のカテゴリーとも見なされる理由はそこにある。

 

他方で、<出来事events>は<対象objects >と対比され、その対比は、<動詞(述語)ー名詞>の対比と重なる。

この意味で、<過程process>と<出来事>が類比的に使われる場合がある。例えば認知文法のテーゼ、「名詞はものthing をプロファイルする」「動詞は過程processをプロファイルする」(Ronald W. Langacker, Cognitive Grammar, p106, 122)。

次のように表しておこう;[object : event]≒[thing : process]≒[noun : verb]

 

しばしば<出来事>は、その動的dynamicな性格が強調されて、<状態state> と対比して使われる。(<過程 process>もまた、この動的な性格をもつものとして、<状態state>に対比されて使用される場合がある。)

この場合、<出来事>(ないし<過程>)と<状態>を統合して表す上位のカテゴリーとしてよく使われるのは、<eventuality >や< situation >である。(例えば、Comrie は<situation>を、<state>,<event>,<process> をカバーする用語として使う。cf. Comrie, Aspect,p13)

(※ただし、この上位の意味を<event>という用語に当てる研究者もいる。その場合<event>は<state>をも含むことになる。)

 

上で述べたことから、entity >situation >event >activity、のような階層を考えることができる。

 

当ブログでは、<出来事>, <状態>を統合する上位カテゴリーとしては、<situation >を使用する(この意味で使う場合、基本的に英語で表す)。それは、Klein が<situation> をそのような用語として使っているからでもある。

大雑把な言い方になるが、

動詞≒述語は、項argumentとなる名詞と一緒になって、situation(eventuality)を記述する、

としておく。

 

3.

次に、アスペクトの階層的な発現について考えておこう。

文のアスペクトに、2つの成分を区別する考え方は広く共有されている。

一つは動詞の意味内容に備わる、語彙的アスペクト lexical aspect

もう一つは、動詞の語尾変化等で表される、文法的アスペクト grammatical aspect

ただし、それらの呼び名と内容については、論者の間で一致しているわけではない。

例えば、Carlota S. Smith は、この2つを、"situation type" と"viewpoint" という言葉で名指している。

文のもつアスペクト的な意味は、事態のタイプ situation typeと 視点viewpoint という、2つの独立したアスペクト的要素の相互作用から生じる。(Carlota S. Smith, The Parameter of Aspect , Introduction)

語彙的アスペクトは、<Aktionsart>と呼ばれてきたものでもある。

語彙的アスペクトについては、次のことが問題となる。すなわち、少なからぬ動詞は、目的語等をとる/とらない、あるいはどのような語句をとるかにより、語彙的アスペクトの分類の間を揺れ動く(例えば、"run"はactivity verb、"run a mile"はaccomplishment verb と見なされる)。

とすれば、語彙的アスペクトを、動詞のみの範囲で定義すべきか、補部complimentを含めて定義すべきか。あるいは、副詞句等の付加部adjunctをも含めるのか。

当ブログはこれらを論じるだけの知識があるわけではなく、当面、大雑把な決め方で進んでゆくよりほかはないと考える。

そこで、当ブログでは、Smith の考え方を採用しておきたい。

事態のタイプsituation type は、動詞型verb constellation によって伝達される。私は、動詞型を、メインの動詞とそれがとる項argument によって定める。項には、主語も含まれる。(......)副詞句は関連する情報を与える。(Smith, op. cit.,1.1.1)

アスペクト的な意味は、個々の動詞や動詞句ではなく、文が持つものだ。このことを、英語、オランダ語に関して最初に示したのはVerkuylであり、1972年のことであった。Verkuylは、文のsituation type は 動詞単独ではなく、verb constellation(および関連する副詞、これについては後述)によって決定される、と論じた。( ibid.,1.1.1)

このように、副詞句の影響については一旦度外視して、語彙的アスペクトは verb constellationが決定するとしよう。ここで言うverb constellation は、動詞と、それがとる項argumentから成る。

Smith は、verb copnstellation を、[ ]で囲んで次のように表している。

Mary walked by the river. のverb constellationは、[Mary walk by the river] 。

 

語彙的アスペクトの分類については、後に触れる。

(続く)