動態動詞ル形の用法について(1)

1.

第四種動詞の問題から、time of orientation(To)の不定化の話題に移っている。前回触れた、日本語 動態動詞(非−状態動詞)の「変則的用法」について見てゆく。ここで「変則的」と呼ぶものは、ル形で未来の事象を表現する、という一般的用法から外れたものををひとまとめにしている。それらの中にToの不定化の例が見られるのでは、と考える。

最初に、ごく大雑把な分類を挙げるつもりである。これは、特定の研究者の分類そのままではなく、それらを参考に暫定的にまとめてみたものである。それぞれの内部に特徴的な使用のまとまりがある場合は、各論で言及する。用法の全体を網羅しているつもりはなく、必要が生じれば後で分類に修正を加えることもあり得る。

今後、各用法を眺める視点となるものとして、①特徴的な構文、項構造②人称制限の有無③テイル形③話し言葉の許容性、という4つの表徴をあげておく。

①文を形成する項の意味格(主題役割)に注意するなどして、特徴的な構文や項の構造が存在する場合に、それを取り出す。

②人称制限については、以前に少しだけ触れてウィトゲンシュタインの読者として見逃し得ない現象であることを説いた。下の2. で感情形容詞を例にもう一度簡単に説明する。

③当該の用例のル形語尾をテイル形に変えたときに、その文が文法的であるか否か、文法的にするために他の部位を変化させる必要があるか、変えることによって全体の文の意味はどのように変化するか、2つの形の間に重大な使用条件の差異があるかどうか...等について見てゆく。

④用例文のル形語尾を丁寧体に変えた場合に、一般的な使用環境において不自然になるか否か、また、「はなしあい」(工藤真由美)の場ではどうか、に注意する。

以上の文法性、制限性、許容性等の判断は、一般的な使用の範囲で行なう。まずは、細かいところを突くのではなく、大まかな判別から話を進めてゆく。

くりかえすが、網羅的なリスト作りではなく、今後の探究の手掛かりを作るつもりで臨む。

 

2.

日本語の形容詞は、表す内容から、属性形容詞と感情形容詞とに分けることができる。(cf. 益岡・田窪『基礎日本語文法ー改訂版ー』p21)

日本人は勤勉だ。(属性形容詞)

私は車が欲しい。(感情形容詞)

「~い」で終わるイ形感情形容詞は、人称制限という注目すべき特徴をもつ。

感情形容詞を述語とする文の主体は、通常、一人称に限られる。ただし、疑問文に限って、二人称も可能。

あなたは車がほしいですか。

?太郎は車がほしい。

過去テンスでは、制限が弱まることがある。

幼馴染が亡くなったことを聞いて、道子はとても悲しかった。

これにはテクストの性質が関係する、という重要な指摘がある(金水敏「「報告」についての覚書」)。すなわち、小説の地の文のような「語り」(金水)、「かたり」(工藤)のテクストにおいては、このような制限解除が見られる。しかし、金水が「報告」と呼ぶもの、あるいは、工藤の謂う「はなしあい」のテクストにおいては、通常は解除されない。

また、「~らしい」「~ようだ」「~のだ」等の接尾辞の付加によって、二、三人称が可能になる。

どうやら、あの子は犬が怖いらしい

わかった、君は本当はうれしいんだろう

これらの現象は、「日本語感情形容詞の人称制限」の一端に過ぎないが、その詳細な確認はここでのテーマではない。これらに類似するが異なってもいる現象が、感情や思考をあらわす動詞をめぐっても生じることはよく知られる。ここで「ル形の変則的用法」と呼ぶものには、そのような動詞によるものが数多く含まれる。したがって、人称制限は、ここでの重要な視点の一つとなる。

 

3.

さて、ル形の変則的用法については、次のように分類しておきたい。

 

Ⅰ 反復や習慣を表す用法

Ⅱ 属性叙述

Ⅲ 一般化して表現する用法(cf. 『基礎日本語文法』p109)

Ⅳ 実況解説的用法

ⅴ 遂行動詞や態度表明の動詞

Ⅵ 知覚・思考・内的状態の表出

Ⅶ 可能態、自発態

 

用例と説明は次回以降に回すが、次の点を押さえておく。

・ⅥやⅦに含まれる動詞は、状態動詞とされる場合もあるが、ここでは動態動詞に数えておく。

・これらのうち、前回までの流れで「time of orientation(To)の不定化」「topic time(TT)の不定化」という視点を適用できそうなものは、Ⅰ~Ⅲにすぎないように見える。だが、テクストの性格の影響や、ⅡとⅥ、Ⅶとの関連も、当ブログが関心をもつテーマであり、ここで触れておく価値がある。